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和田芳恵・著 『筑摩書房の三十年 1940-1970 』
筑摩選書
筑摩書房は、会社が出来て70年経ったのだそうだ。そこで、社史を編纂した。以前、30周年を迎えた1970年に、『筑摩書房の三十年 1940-1970 』という本を作り、今回は、それに加えて、『筑摩書房 それからの四十年 1970-2010 』という本を作り、二冊合わせて、書店売りの本として刊行した。新しい方は、ライターの永江朗が著し、以前の、和田芳恵が書いたものは復刻した。旧著を復刻するに当たっては、巻末にあった出版目録などは省略した。
筑摩書房には特に興味のない私が、『筑摩書房の三十年』を読んだのは、著者である和田芳恵のファンだったからだ。芳恵という名前のくせに、この人は男だ。和田芳恵は、一応、直木賞作家だったけれど、基本は出版社の文芸部門の編集者で、大衆小説というジャンルを確立した人、とものの本では紹介されたりしている。が、私はその辺りのことは、よく知らない。 また、樋口一葉の研究家で、一葉関連の本を何冊も出している。私は一葉にも興味がないから、それらの本は、読んでもちっとも面白くなかった。
晩年は作家として、ほんの少し流行った時期がある。ちょうど私が中学から高校に上がる頃で、短編小説の評価がやけに高かった記憶があるが、私が和田芳恵という作家の存在を知り、読み始めた途端に、病気で亡くなってしまった。
最初に読んだのは、『接ぎ木の台』という小説集だ。次に読んだのは『雀色の空』という本だったのだけど、その間に和田芳恵は死んでいる。だから『雀色の空』は、死後の刊行だ。著者が死んでしまったから、私は妙に盛り上がって、和田芳恵の本を探し回ったのだった。
その当時、私は思春期真っ最中だったから、和田芳恵のエッチな小説は、刺激的で、それがために読んでいたのかもしれない、と今、和田芳恵の作品を思い出しながら思った。というのも、和田芳恵の小説は、当時も情痴小説と呼ばれていたように、オヤジと若い女性との不倫という設定がほとんどの、しかも私小説っぽいものばかりだった。長編の『暗い流れ』も、生まれてから青年になるまでの性体験をねちねちと綴った自伝小説だったと思う。
和田芳恵が生涯で書いた小説は、本にして、数冊で収まるのではないか。それくらい作品量は少ない。特に晩年の短編は、それぞれが原稿用紙で二十枚くらいのものばかりの、それこそ体力のないがために、省略の多い、思わせぶりな効果を狙った文体の小説だった。その、文体の体力の無さが、妙な魅力となっていて、そこに私ははまったのだと思う。
『筑摩書房の三十年』は、筑摩書房の社史ということになっている。でも、あまり社史っぽくない。社史というと、大概は編年体で、その年々の出来事を追い、関係者の証言を集め、同時に売り上げや損失といった数字等の客観的なデータを網羅して、製造(商業)活動を詳細に述べたり、資本金がどうたら、その年の決算はどうか、その年のベストセラーは何だったのか、それらの変遷はどうなったのか、といったことが中心になっているものだが、この本は、人物描写が過剰で、社史に不可欠の客観性に欠けている。それこそ、小説筑摩書房を読んでいるような気にさせる。
作家が書いたからなのだろうか、筑摩書房を作った人たち、創生期のメンバー、関係者達が、人物像やら人柄にこまかく言及されていて、それこそ実名小説のように展開している。本書の末になると、なぜか和田芳恵本人が第三者のように登場してくるのも、小説みたいで面白い。
では、小説として面白いかというと、前半はまるでつまらない。新しい出版社として設立されて動き出した筑摩書房が、どのような生産活動や商売をしているのか、ちゃんと利益を上げる仕組みを持っているのか、読者にはさっぱりわからない書き方になっているのだ。
元来、出版社というものがどういうシステムで動いているのか、読者が知っていることを前提に書かれているにしても、和田芳恵の文体は、ほとんど私小説のような書き方しかしていないのだ。なんだか全体象がつかめないまま読み進めると、後半になって、社長の古田が借金を苦に博打のような企画を打ったりするあたりから、読み物としておもしろみが加速してくる。
筑摩書房は、長野県の旧制松本高校の同級生同士だった古田晁と臼井吉見の二人が作った出版社だった。古田晁は、お金持ちのボンボンで、出版文化に理想を持って業界に進出した。その際、同級生で文学好きだった臼井吉見を誘ったのだ。
臼井吉見が、筑摩書房の創立メンバーだったとは本書を読むまで全く知らなかった。私が知っている臼井吉見は、評論家、小説家としての活動だ。代表作に『安曇野』という、長編小説があったが、安曇野出身の実業家や芸術家が絡んで、明治から昭和にかけての長いスパンを描いた、ジャンルにすると、たぶん、大河小説にでもなりそうな長い作品だった。読みかけたことがあるが、読み通したことはない。
リアルタイムで読んだのは、『事故のてんまつ』という、川端康成の自殺の裏話を書いた実名小説だ。たしか、若いお手伝いさんに振られたのが、自殺の引き金になったとか書いてあり、また川端の出自が被差別部落だったとかの推測的記述もあって、遺族が名誉毀損の裁判を起こして話題になった。この本そのものは、どうでもいいものだった記憶がある。臼井吉見に関しては、作家というより、文壇業界の人、といった印象がある。
さて、和田芳恵の書いた筑摩書房の社史は、社長である古田晁と、副社長の臼井吉見の二人を軸にした人間ドラマとして描かれている。古田が企画と営業を担当し、臼井が編集を担当した、みたいな役割分担だ。
会社としての成長物語として読むには、著者の視座が人物エピソードに偏り過ぎているし、出版社の全体像も見えにくい。後半、金策エピソードで盛り上がるのだが、和田の曖昧な筆致では、素人経営者が高利貸しに手を出したのが間違いだったのか、素人に大金を惜しみなく?貸し続けた金貸しが偉かったのか、どちらにも読めるように書かれてあって、読んでいて、ストレスが溜まる。
筑摩書房が作られた当時、新興の出版社に対する金融機関の格付けは、甲乙丙丁の「丙」だった。したがって、筑摩書房は、金利の高い高利貸しを利用するしかなく、それがために、借金の元金はいつまで経っても減らず、毎月、ふくれあがった利子を払うのも滞る始末だった、とあった。
この辺りのことは、世間知らずの素人だった経営陣が馬鹿だったので、法外な高利貸しに手を出してしまった、みたいに記述している一行もあるし、筑摩書房にお金を貸しているM氏という高利貸しのことを悪徳金融業者風に書いている一行もある。ところが、このM氏のことを、返済の保証のない筑摩書房を信じて、お金を貸し続けることで、縁の下から筑摩書房を支えた、みたいに評価している一行もあるから、読んでいて、なかなか混乱する。両義的な表現というよりは、著者の立場が曖昧なために、価値判断を曖昧にしている、といった印象を受ける。
そもそも私小説寄りの文体を持つ和田芳恵に、どうして社史などを通書する仕事が回ってきたのか。知己だったから、知り合いの編集者同士、あるいは作家と出版社という関係もあったのだろうが、社史というのは、半分、おおやけの事実を扱うわけだから、記述するにも、記述者の「私」という人称は取っ払う必要がある。
和田芳恵も本書を書く上では、私という一人称は省いている。ところが、三人称できちんと書いているかというと、そうでもないのだ。確かに、私という一人称は見あたらない。しかし、従来の和田芳恵の文章から、私を省略しただけのような文章で本書は書かれている。私小説文体から、語り手である私を抜いたところで、三人称の記述になる筈はない。私が欠けたせいで、主語が消え、主体の曖昧な述語ばかりが並んでしまっただけのような気がする。本書を読んでいて感じるストレスは、みんなそこから発生していると思う。
つづく…
【2011/08/19 10:50】 読書日記 |
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